顧客の顔色

 イトヘンデザイナーは今でこそ大きな流通の中で働いていますが、昭和40年代前半頃にはまだ街の洋服屋さんが健在で、デザイナーの最終目標も「自分の店を持つこと」だったように思います。祖母や母は旅行に行くからだの演劇を見に行くからだのと理由をつけヨソイキをあつらえに洋服屋に出かけていましたが、ハレの日に奮発という意識はあったにしろ、洋服をオーダーメイドすることは金持の特権でもなんでもなく中流家庭でも日常のことでした。
 当時デザイナーは末端消費者と顔をつき合わせながら商品を作っていたのです。
 これは美容師と顧客の関係に似たものを感じます。

『新しい人』−出づる息、入る息

 顧客の側から見たtamdaoさんの記述は、店側からみると背中に刃物をあてられたように怖いです。怖いからやめてくれーというのではもちろんありません。それだけの覚悟で顧客に対応しなければ、というのをひしひしと感じて怖いのです。

始めて切ってもらう人に必ず言う言葉「あなたの好きにして下さい」
相手を非常に緊張させるのを承知で。
この言葉は、試されている、と思わせるそうだ。

 試されていると思わせるというか、これはもうはっきり試している以外の何ものでもないです。
 初顔合わせというのは顧客が相手であれバイヤーが相手であれ、「見せてもらうよ」というところから始まるものですが、何も制約がないのはかえってやりにくいというのはあります。何にポイントを絞るかの「何」をチョイスするのか、というところから試されているからです。
 企業と企業の間であれば、初顔合わせでも「何ありき」でスタートすることがほとんどです。ですが個人対個人になると、「何も言わなくても気に入るようにしてくれる人」を求めてしまうのだと思います。顧客に合わせすぎてもいけない、こちらの好みを押し付けてもいけない。このバランス具合がどこまでかというのは、初顔合わせではキツイなあと思いました。

 ですがこれはまあ仕方がないというか、そこでダメだったら長続きしないだろうから結果は早いほうが良いか〜と思いますけど。

10年同じ人に切り続けてもらっていた。
何も言わずに去ることは心苦しいのだけれども。
疲れが技術に表れてしまっているのを指摘するのは、あたしには出来ないのだった。

 去る事もしようがないと思います。腕で仕事をしていることの厳しさ、それを悟られてしまうことの情けなさ、同情の余地はありませんが、身につまされるというか何というか。

 顧客の不満はよっぽどのことがない限り、店側になかなか届きません。企業と企業はまだ辛らつに評価されますので、目の前で罵倒されつつ反省しつつ、姿勢を正すこともできます。猶予もあります。店では不満を持ったほとんどの顧客が何も言わすに立ち去り、気がついたときには誰もいなくなり、やっと自分に疑問をもちはじめます。この気付くまでに時間の長さが長ければ長いほど、立ち直るまでの時間も長いように思います。どこかで顧客の顔色が見えたなら・・・と思ってしまいます。

 そしてまた企業デザイナーも、相手の会社の顔色ばかり見て末端消費者のことを忘れていると、次第に売れる商品を作れなくなってしまうのです。顧客相手の店であろうと川上の企業であろうと、最終的に顧客満足のための仕事しているのだということを、ひしひしと胸に刻みました。